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ジョンが教えてくれる“大切なこと”/映画『ジョン・レノン,ニューヨーク』〈旅の誘い度★★

「地球の歩き方」プロデューサー 栗橋大吉
ジョン・レノンほどの超有名人の場合、平穏な生活を望むことは到底無理。それでも彼は、1975年に誕生した愛息ショーンの育児のため、普通の生活を渇望していた。

解決策は意外なところにあった。ジョンは、音楽シーンからほとんどリタイアし、ハウス・ハズバンド(専業主夫)という当時珍しい職業(?)を選択したのである。その生活は、「パパはビートルズだったの?」というショーンの問いに音楽活動再開を決意するまで、およそ5年間続いた。

ぎこちない手つきで幼いショーンのオムツを換えたり、パンを焼いたりする主夫ジョンの姿は、思わず「お手伝いしましょうか」と言いたくなるほど微笑ましい。本作で紹介される映像は、ホーム・ムービーで撮影されたもので鮮明ではないが、穏やかで満ち足りたジョンの表情をはっきりと見て取れる。そこにはロックスター・ジョン・レノンの、とんがった面持ちは微塵もない。

そんなジョンとショーンの姿――子の成長を見守る親と、親の愛情に応える子の姿――を通して、スクリーンから熱く伝わってくるものがある。親と子の穏やかな生活が、いかにかけがえのないものであるか。これこそジョンが追い求め、苦闘の末にニューヨークでつかんだ、平和そのものの姿ではないか、と。

翻って、放射能汚染に巻き込まれる子どもたちに有効な手立てを打てなかったこの国の現状に、ジョンは何を思うのだろう。次代を担う希望であるはずの子どもたちを守ってあげられなかった現実は、重い。

実は筆者には、娘(現在8歳)と一緒に訪ねたい場所がある。ニューヨークセントラル・パークの西側、72th St. West のパーク入口付近、ストロベリー・フィールズと名付けられた一角である。そこの路面には白黒のモザイクでデザインされた直径2メートルほどのメダリオンがあり、中心には「Imagine」の文字――いわずと知れたジョン・レノンの代表曲のタイトル――が刻まれている。ジョンの「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」が好きな娘が無事に成長したら、ここで「ジョン・レノンの物語」を話してあげたい。メダリオンから公園の外に目をやると、道のむこうにはジョンとヨーコ、そしてショーンが仲睦まじく暮らしたダコタ・ハウス The Dakota (1884年完成)がある。

◆旅の誘い度★★

■作品DATA
『ジョン・レノン,ニューヨーク』

原題:
 LENNONYC(アメリカ2010年、115分)

監督・脚本・製作:
 マイケル・エプスタイン
特別協力:
 オノ・ヨーコ
共同製作:
 スーザン・レイシー、ジェシカ・レヴィン
出演:
 ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、エルトン・ジョン、ジム・ケルトナー、クラウス・フォアマンほか

提供:
 キングレコード
配給:
 ザジフィルムズ
協力:
 フィールドワークス

URL:
 『ジョン・レノン,ニューヨーク』公式サイト

★8月13日、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開

※このページで使用した場面写真の著作権は Two Lefts Don't Make A Right Productions, Dakota Group, Ltd. and WNET.ORG が有しています。
©2010 Two Lefts Don't Make A Right Productions, Dakota Group, Ltd. and WNET.ORG All Rights Reserved.
1971年9月ジョンとヨーコはニューヨークに移り住んだ
故国イギリスに嫌気がさし、ジョンがヨーコとともにニューヨークに移り住んだのは1971年9月のこと。それから1980年12月にかけての約9年間のジョンの足跡を丹念に追いかけたのが本作。ジョンの発言をはじめ、ヨーコ、エルトン・ジョンの最新インタヴュー、ジョンとともに活動したミュージシャンの証言など、ニューヨークでのジョンの生活が浮き彫りにされる
© Ben Ross

未公開映像、未発表音源が続々と登場する
未公開映像、未発表音源が続々と登場するのも本作の魅力。レコーディング風景、1971年12月の「テン・フォー・ツー」コンサート、1972年8月の「ワン・トゥ・ワン・コンサート」のライヴ映像も見逃せない。また、これまでジョンのドキュメンタリーであまり触れられなかった、ヨーコとの別居生活「失われた週末」にも迫り、これについてヨーコ自身のコメントを引き出しているのにも注目
© David Spindel

ニューヨークはジョンのすべてを見届けてきた。彼の死までも
ニューヨークはジョンが最も愛した街だった。しかしこの街をいただく国家は、彼がそこに住むことを拒んだ。多くのエネルギーを費やして彼は居住権を勝ち取り、安住の地を得る。不幸な生い立ちをもつジョンは、そこにいたって、妻子との穏やかな生活を手に入れ、人間らしさを取り戻す。ジョンの怒り、悲しみ、喜び……ニューヨークはそのすべてを見届けてきた。彼の死までも
© Bob Gruen/www.bobgruen.com

ストロベリー・フィールズの表示板
セントラル・パーク内のストロベリー・フィールズの表示板。このメモリアルパークは、ジョンの死から5年後の彼の誕生日である1985年10月9日に開設された。生前ジョンは、ダコタ・ハウスの窓からこのあたりをよく見下ろしていたという。ちなみにリバプールにあるビートルズゆかりの地はストロベリーフィールド。間違えやすいので注意
© KEN SUDO

ジョンを追悼するメダリオン
中央に「IMAGINE」の文字が配された、ジョンを追悼するモザイク模様のメダリオン。デザインはヨーコ自身。メダリオンの周りにはベンチがあり、そこに座ってこの碑を無言で見つめている人も多い。彼らの胸に去来しているものは、ジョンへの思い、平和への祈念だろうか
© KEN SUDO

※写真・図版の著作権者を明示しました

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