シュガーマン―ロドリゲスを探して
南アで見つけたロドリゲスの足跡
映画のストーリーは次の通りです。
(ネタバレありますのでご注意ください)
デトロイトに住むメキシコ系の歌手ロドリゲスは70年代にアメリカでレコードを出したものの全く売れず、家の改装やビルの解体などの仕事に就き、表舞台から消えて行きます。ところが70年半ばから80年代の南アフリカで彼の歌が白人の若者の間で大流行。というのもそのときの南アはアパルトヘイトのまっただ中。外国人によるコンサートは規制、海外情報は遮断され、検閲がまかり通り、南アの若者はこの状況はおかしいと思いながらも密告を恐れて口に出せない。そんななか、社会を鋭く風刺したロドリゲスの歌が若者の心を捉え、反抗のシンボルとして人気を博していく。けれども、拳銃自殺したなどの都市伝説ばかりで、ロドリゲス本人の情報が一切ないことに疑問を持っていたレコード店店主スティーヴン・シガーマン(あだ名がシュガーマン)と音楽ジャーナリストのクレイグ・バーソロミューが1996年のCD化をきっかけにロドリゲスを探し始めます。歌詞やクレジットを読み込み、お金の流れを追跡、彼を探すウエブサイトを開設。ついに1997年、デトロイトに住む彼を見つけ、翌年ロドリゲスは南アにやってきて大観衆を前にコンサートを開くことになるのでした。
この映画は米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞はじめ数々の賞を受賞し、話題になりました。
さて、このほど南アに行く機会があり、この物語の真相を探ってまいりました。
まずダーバンで会った現地ガイドのデイビッド・デラクェラさんに聞くと、いきなり「オー。He is my friend! カナダとか南米とかいろんな国の観光客に聞かれるけど、あの映画の話は100%本当だよ」。やはり他の国の人も疑問に思っていたのですね。デイビッドさんによると、自分の青春時代にドンピシャで、「35〜65歳くらいの人ならみんな知ってるよ」。大ファン(フレンドというのはそこからのよう)で、コンサートにも行ったそう。ロドリゲスはギターもうまく、当時の南アのギターキッズはエリック・クラプトンなどと同列のアーティストとして聞いていたのだとか。南アで彼のCDが買えるか聞くと「絶対買える。南アで買ったら特別だよね。ケープ(ケープタウンのこと)の店の名前は忘れたけど、絶対聞けばわかるよ」と。
そして、映画に登場する街、ケープタウンへ。取材で会ったワン・アンド・オンリー営業担当のヨハン・デュトワさんに聞いてみると、音楽も聞いていたし、映画も見たといいます。「いい映画だよね。でも悲しい話でもある。お金持ちになれたかもしれないのに」。35歳より若く見えるヨハンさんにどうして知ったのか聞いてみると、「父の影響で聞き始めたんだ。僕はビートルズも聞くし、ブラック・サバスやビリー・アイドルなど、いろいろな音楽を聞くなかのひとつがロドリゲスだった」。まさに映画の中にあった通り、南アではロドリゲスのレコードは他のアーティストと一緒に棚に並んでいたのでした。逆に「日本で彼は知られているのか」という問いに、映画が公開される前は誰も知らなかったと答えるしかありませんでした。
さらに、泊まったテーブルベイホテルの広報 セーラ・プリンツさんにロドリゲスの話を切り出すと、「80年代には回りの友達はみんなロドリゲスを聞いていたわ」。セーラさんは12歳のときに南アに来た英国人女性。そして驚くことに「彼はこのホテルのスイートルームに泊まったのよ」とのことで、2013年に南アに訪れたときの写真を送ってくれました。
次々と明らかになる事実に、もうこれは、ロドリゲスを探し出したシュガーマンのレコード店 MABU VINYL(マブ・ヴァイナル)に行くしかない! と、夕方の渋滞時にタクシーを飛ばし、10分で行けるところを倍かかって、中心部のガーデンズというエリアに到着。今ではなつかしいレコード盤がたくさん並ぶ店は Rheede ストリートのタイマッサージ店の隣にありました。
ドキドキしながら店に入ると、キャッシャーに誰もおらず、奥にいたお客さんから「隣の店からすぐ戻ってくるよ」といわれてやって来たのは、DJでもある店員のマイティさん。「ロドリゲスは、映画の前も、コンサートの前にもココに来たよ」。店内の壁に彼の写真が飾ってありました。残念ながら映画に出ていたシガーマンさんは不在で会えませんでしたが、ロドリゲスを探し出した原点の店に辿り着き、この夢のような話が本当だということが実感できました。実はこの日は5月13日で、ロドリゲスと南アの物語に惚れ込み、この映画を作ったスウェーデンのマリク・ベンジェルール監督が36歳の若さで亡くなったという悲報が流れた日でもありました。
歌は時代や国を越えた場所で息を吹き返すことがあって、それが人々に勇気を与え、その映画を見た人たちにさらに希望を与えられるなら、本当に素晴らしいこと。ロドリゲスをリアルに知る人たちの証言を得て、あらためてあの映画に描かれていた、アパルトヘイト下に南アの若者が背負っていたものとそれによってロドリゲスの歌が受け入れられたという事実を噛み締めています。
ケープタウン在住の通訳者、内藤泰幸さんが言っていました。「邦題の『奇跡に愛された男』というのはおかしい。奇跡に愛されなかった男だ」。私も同感です。でも、南アでの奇跡はロドリゲスだから起こせたのだと思うのです。映画の成功によって、ロドリゲスは各国でコンサートを行うようになり、今では最初に契約したサセックスレコーズ社長クラレンス・エイヴォント(後にモータウンの社長も務めた大物)にレコードが6枚しか売れなかったと言われたアメリカ中をツアーで回っています。

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映画はケープタウンの懐かしい風景が満載

「ロドリゲスは俺の時代」と話すダーバン在住のガイド、デイビッドさん

ロドリゲスが2013年にテーブルベイホテルに泊まった時の写真。左からセーラさん、ロドリゲスと長女エヴァさん。このときロドリゲスは70歳
(写真提供:The Table Bay)

ロドリゲスとホテルスタッフ。右はジェネラルマネージャーのシャーウィン・バンダ氏
(写真提供:The Table Bay)

Rheede ストリートにある MABU VINYL

カウンターはDVDでいっぱい

店内もレコードでいっぱい

ロドリゲスの写真をマイティさんが示してくれた

そのクローズアップ

所狭しと貼られたポスターの中にはロドリゲスゆかりのものも

(上の写真の部分拡大)
これがロドリゲス 2001 ツアーのポスター

(同)
MALIK WAS HERE のメモの上に「R.I.P. 13 May 2014」のメッセージが。ベンジェルール監督の訃報に哀悼の意を示したもの

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●「シュガーマン―奇跡に愛された男」公式サイト
www.sugarman.jp
●ロドリゲス公式サイト
www.rodriguez-music.com
●レコード店 Mabu Vynil のサイト
mabuvinyl.co.za
●ロドリゲスを探した the Great Rodriguez Hunt のサイト
www.sugarman.org/rodriguez
※ロドリゲスの長女が書き込んだ掲示板が今も存在
●ロドリゲスを扱ったCBSのニュース番組(14分)
「60ミニッツ」